2025/6/4
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灘中合格、魂の記録 |
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『あしたのために』2025年 第5号── 灘中合格、魂の記録 ── 【2009年2月号より】今回は、以前から「いつ死んでも構わない」などと大言壮語してまで拘った日本最難関・灘中学制覇の話題に尽きるだろう。そこで今でこそ語れる思いを綴りたい。 桃栗三年柿八年とはよく言ったもので、挑戦するのは三度目・塾講師になって八年目で漸く快挙を成し遂げることができた。ここまで到達するのは正に苦難の道程で、ある時には受験することさえ拒まれ、またある時にはあまりのレヴェルの高さに愕然としたこともあった。 そんな折、三年前の夏に「S」という男が4年進学クラスにやってきた。私の体に電撃が走った。分からないことがあればとことん知りたい。出来ない問題があれば出来るようにしたいし、さらに他の解法も考えてみたい。その探究心の深さは、学問に対する理想的な姿勢であり最も重視すべき真理だと思えた。彼はおそらく今でも塾での勉強を単なる受験勉強とは捉えていないのではなかろうか。 以来、灘中学合格に向け綿密な計画を練り上げた。5・6年ハイレヴェルクラスの創設に、月曜日の個別特訓。個別に関しては授業料無料。以前にもラ・サール特訓で実施したことがあるこの無料制には確固たる理由があった。それは、自らの心底に蔓延る俗物主義から脱却し、ストイックかつ純粋に目指すべき結果のみを追求することで、精神を高めるためだ。 今回の挑戦は不退転の決意で、とにかく考えられるあらゆる手はすべて打った。合格した実績がないだけに常に不安はつきまとったが、改善と付加の余地は全くなかった。これで万一失敗していたら、永久に諦観したまま終わっていたことだろう。 合格発表を確認するときには、彼の番号があることしか想像できなかった。そして事実その番号は存在した。もしかしたら泣き崩れるかもしれないとの予感は外れた。歓喜でもなく感激でもない。その感覚は「然るべきものが然るべきところにある」という安堵だった。伝えるべき人たちに電話をするときには、態と少し気持ちを高揚させた。そんなことをしなくてはならない自らの虚無的な一面に冷笑しつつ。 自ら課した重圧から解放され、疲労感が全身を襲う。ただし決して嬉しくない訳ではない。朝日進学ゼミナールにおいて、そして踏青会の加盟塾において誰も成し遂げたことのない偉業に向かって積極的に関与し成功したという矜持を得ることができ、またもしかしたら手が届かないのかもしれないと感じていた遠い存在を間近に引き寄せることができた経験は、極めて貴重なものだと自負している。 ただ次回の挑戦がどうなるのかは、今はまだ分からない。現在通塾している塾生とこれから入塾してくる塾生の中に、凄まじいまでの努力と執念でその境地まで達する者が現れるかもしれないし、かつてないほどの天才的な頭脳を持った者が現れるかもしれない。さらには男子に限らず、桜蔭を目指したいというような才媛が現れるかもしれない。その時は苦労を伴うのは覚悟の上で、再び重い腰を上げることになってしまうのかな……。 そして今現在は、6年生の大半がいよいよ最後の追い込みで必死になっている最中だ。もしかするとそれが念頭にあったからこそ、灘合格という状況にも浮かれていられなかったのかもしれない。6年生の中には、踏青会やシリーズテストにおいてたとえ一教科であっても灘合格者を凌駕したことがある者も多いだろう。その事実は誇りに思っていいし、自信へと繋げて本番へと向かってほしい。特に我が母校において数多くの合格者を今年も輩出できることを願っている。 最後になったが、朝日の看板を掲げてくれた大谷塾長、我が儘な挑戦を受け入れてくれたF先生・藤井先生、会う度に話題にして気を遣ってくれた江南校の森先生、金曜日の授業を代行してくれたM先生、土曜日の授業を代行してくれたAさん、アシストを代行してくれたSさん、講義を行えなくても苦情一つなかった塾生および保護者のみなさん、そしてなんと言っても類い希なる才能を持つS君と手を尽くしてくださったご両親に、心から感謝申し上げます。ありがとうございました! 【2025年の細川より】久しぶりにこの原稿を読み返してみて、当時の興奮と緊張がまざまざと蘇ってきました。 いまはまだ6月、受験本番までには半年以上あります。 最近は、現実的な進学先だけを受験される方も多く、県外受験そのものが難しいご家庭もあるのが実情です。 今この時期に、S君のように「学びたい」という純粋な姿勢を持った子が現れるかもしれない。 次回以降も、過去の記録を振り返りながら、今の塾生や保護者の皆様に届けたいメッセージを綴ってまいります。 |
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