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2025/12/1
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Prix de l'Arc de Triomphe |
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『あしたのために』2025年 第22号──Prix de l'Arc de Triomphe── 【2008年11月号より】
我が人生において最も感動したのは、2005年10月23日、京都競馬場にてディープインパクトが無敗の三冠(皐月賞・日本ダービー・菊花賞制覇)を目の前で成し遂げた瞬間で、無意識のうちに何度も咆哮し、鳥肌が立ったのを今でも鮮明に思い出す。今後おそらくその時以上の感動を体験することはなかろうが、3月号にも書き記したように、なんとか生きている間に日本馬の凱旋門賞(フランス・ロンシャン競馬場で毎年10月第1日曜日に開催される世界最高峰のレース)制覇を観ておきたいものである。
今年もメイショウサムソンが凱旋門賞に挑んだが、本来は大注目となるはずの出走時刻に私は映画館にいて(『容疑者Xの献身』鑑賞)、帰宅後ネットで結果を確認したに過ぎなかった。その理由とは・・・。
私が競馬を本格的に観始めるようになってから、凱旋門賞に挑戦した日本馬はサムソンを含め計5頭。その中で最も優勝に近づいたのが1999年のエルコンドルパサー。前年7戦6勝2着1回というほぼパーフェクトな成績を収め渡仏。そのフランスでも3戦2勝2着1回と万全の態勢を整えて本番に臨んだが、結果はゴール寸前で差されて負けるという非常に惜しいものだった。
2006年のディープインパクトも、国内では11戦10勝2着1回という輝かしい成績を残しての参戦だったが、3位入線(後に禁止薬物の検出により失格)という残念な結果に終わってしまった。
ここから得るべき反省点は大きく2つある。
まずは斤量(騎手の体重を含めた負担重量)の問題。4歳以上の牡馬は59.5kgを課せられるのに対し、3歳牡馬は56kg。今年の勝ち馬・ザルカヴァのように3歳牝馬は54.5kg。つまり凱旋門賞は3歳馬に圧倒的有利な条件で、この差は埋め難い。事実、1999年の勝ち馬・モンジューも2006年の勝ち馬・レイルリンクも当時3歳で、エルコンドル・ディープは当時4歳だったから、同斤量だったら間違いなく先着できた。
もう一つはフランスの芝への対応の問題。日本の芝が短く刈り込まれて早いタイムが出やすいのに対し、フランスの芝は深くパワーが要求される。エルコンドルだけは経験を積んで適応できたが、他はぶっつけ本番でかなり苦しんだように思われる。逆に凱旋門賞馬が日本のジャパンカップで勝利できないこと(1996年、エリシオの3着が最高。先述のモンジューも4着に敗れた。)を考えると、芝への適応がいかに結果を左右するかがよく分かる。
エルコンドル・ディープといった日本最強馬と比較すると、サムソンは元々力が落ちるし、一昨年・昨年だったらまだしも5歳になった今年はアドマイヤジュピタ・エイシンデピュティといった本来格下であるはずの馬にも敗れていた。それに加えてぶっつけ本番だ。という訳でせいぜい良くても4・5着がやっとだろうと考えていたのだ。(結果は10着と惨敗。)
だから凱旋門賞を勝つには、たとえば今年のディープスカイとか去年のウオッカが、ダービー制覇後すぐに渡仏して調教を積み、ニエル賞やヴェルメイユ賞といった本番と同コース・同距離のプレップレースを挟んで臨まなければ、難しいのではないか。だが3歳で海外に渡るのはどうやらとても勇気がいることらしい。夢はまだ遠いようだ・・・。 【2025年の細川より】現在放映中のドラマ『ザ・ロイヤル・ファミリー』が人気ということで、今回は思いきって競馬の話題にしてみました。 あれから17年。残念ながら、いまだ日本馬の凱旋門賞制覇はなし。応援する武豊騎手も勝てていません。そして私は富豪ではないので、競走馬を所有することも不可能。ただひたすら祈るしかない状況です。 一方、凱旋門賞で日本馬が勝てないという現実から「何を学び、どう仕事に生かすか」を考えることはできます。 特定の志望校に合格するために、必要な要素は何か。 当塾の独自性と存在意義は、そんなところにあるのだろうと思いながら、日々仕事に向かっています。
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